2007年11月18日日曜日

学びて時にこれを習う,よろこばしきかな

てことで,10数年ぶりの湯島聖堂.
湯島聖堂といえば,親父が東京出張の折にここの鉛筆を買ってきて,受験の合格祈願してくれてたのを今思い出した.
朝はすっかり忘れていた.
ブログの効用をはじめて感じた気がする.



神田明神側の湯島聖堂の壁.
壁伝いにぐるっとまわって,昌平坂を下りきったところで振り返って1枚.



ばってん,神戸に比べりゃこげんこつ坂でないとよ.
聖堂内にある孔子像.



あえて銅像なんて作らんでええのに.
先王の道は,偶像崇拝ではありませぬ.



朝の散歩に少しだけ気分が良かった.

この後,大成殿を見たけど,特別展示のせいで入場料をとられてしまった.
で,中身は大したことなかったなぁ.

ちなみにおいどんは,論語が結構好きなのでごわす.
吉川幸次郎と桑原武夫の注釈による論語は,学生時代ちょこちょこ読んでいた.
それと,歯が立たなかったけど,徂徠の論語徴も挑戦したことがある.

徂徠というと先王の道だけど,これも,京都にある泉屋博古館で青銅器をまとめてみたときに,考古学的な裏づけと思ってみたもんな.

第一,第二,第三に,通俗的論語イメージは忠孝だけれども,論語を読むともっと権謀術数的な政治実践論だもん.
でも,顔回の死に接した孔子の言葉など,人間性の奥深い部分を感じさせてくれるし.
しかも,孔子ってホンマかどうかは別として,詩経の編纂者といわれているわしい.
で,詩経って結構セクシュアルな詩があって,それが生き生きとしたイメージを今でも喚起させるんだよねえええええ.

孔子について堅物イメージしか持たない人には,思いもよらんかもしれんが.

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