直接話す機会がなく,鬼籍に入られてしまった.
姿を見たのは二度.
最初は1995年のブーレーズ・フェスティバル.
サントリーホールから出てくる姿を目にして,思っていたよりも上背があることと,あの髪型が強く印象に残った.
二度目は加藤周一さんのお別れの会.
故人の遺影に背を向けて聴衆に向かって話をされたのが,内容と相まって印象的だった.
音楽批評の確立に尽力したけれど,後に続くような人物は出ていない.
2012年5月29日火曜日
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