2007年6月21日木曜日

右であれ,左であれ…

「わが祖国」と述べたのはオーウェルだった.
大恐慌後の社会がファシズムと労働運動の高揚を背景とした社会主義とに分極化していくなか,彼の訴えかけはナショナリズムによる国民の回収だった.

事実,その後の英国はドイツとの戦争に突入,チャーチルという「偉大な」国民的政治家を頭に見事な団結を示すことになる.
そして,オーウェルもBBCで宣伝放送に従事し,祖国防衛に一役買うこととなった.

予断ながら,第一次世界大戦前後の英国でも,社会主義のシンパになった知識人が多かった.
オーウェルをはじめ,E.H.Carrなどそうそうたる人物が活躍していたが,第二次世界大戦と共にそのほとんどが諜報や宣伝部門で英国への忠誠心を示した.

時は流れ,冷戦は過去のものとなり,もはや社会主義についてなんらイメージを持たない人々が20代をむかえ,社会人となっている今,果たして日本で「左翼」なんて概念が成立するのだろうか.

なんてことを思ったのは,某知人のブログに朝日新聞うんぬんかんぬん左翼的とか書いてあった箇所を見たのがきっかけだった.
まぁ,同じことは学生の頃から折に触れて考えていて,誰かや新聞社などを左翼と言う発言にいつも落ち着かなさを感じていたからだ.

個人的な経験では,民青同盟が強く,共産党系のシンパが一定の勢力を持っていた某大学で政治に関心を持ちながら学生生活を送っていると,自然,いろんな人と話す機会が多かった.
その一部からは,「ブルジョワ自由主義的(!)」とラベリングされていたのだが,進学した大学院ではこれまた一部の新左翼系シンパの人からは「共産党支持(!)」とラベリングされた.

本人は,自らの信ずるところを述べていただけなのだが,どうも自分の経験からこの手の呼称はあまりにも基準となる指標がなく,とても感覚的,であるがゆえに他者をラベル付けしてなにかすべてがわかったような気分にさせてしまう危険かつ便利な言葉であり続けているように思えてならない.

死語になったかと思えば,案外しぶとく使われ続けているのは,そんなところに理由があるのだろう.

話を少し戻すと,個人的には,朝日新聞のどこが左翼なのか,ちっとも理解できないのだが(護憲は基準にならないし,生産手段の国有は誰が今の世の中論じているのだろう)…
てか,日本に左翼はいるのか!?
あるいは,左翼の新聞はあるのだろうか?

こんなことをここに書くのも,実は,今日の会議でのことがあったから.
いろいろ議論(の域には達していないのだが)が紛糾すると,誰は誰の支持者だとか,味方だとか,そんな風にしか判断しなくなってくる.
自らの思うところを述べる(それを可能とする職業が現在の職業と思ってなった部分もかなりある)のだが,そうすると以前からそれを快く思っていない人からは,相変わらず快く思われず,自分を味方だと思い込んでいる人からは,「支援しない」だのと思われてしまう.

いやぁ,まいったまいった.
精神の風通しのよさを重視したのは,ヴァレリーだったが,黄砂が舞い,光化学スモッグの発生する地は,よどんでいる地帯ということなのだろう.

2 件のコメント:

kenken さんのコメント...

でもさ、われわれ異なるものを説明をするためになんらかの区分をせざるを得ないでしょ。

「左翼」と書くことに躊躇いつつ「?」を残しておいたんだけど、「現実主義vs.国際協調主義」だとマシなのかと思ったり。

avanti さんのコメント...

あ,読まれてた.

異なるものを説明するために異なる言葉を編み出したり,分類していくことは人間に不可欠の行為ではあるねぇ.

ただ,社会構築主義うんぬんを持ち出さなくても,特定の時代に特定の言語が一定の政治性/権力関係を備えて使われたため,多くの人も犠牲になったことは確か.

「左翼」なんてその典型例と思っているのでああいう書込みになったのでした.

それに昨日の会議が「ちょっとね」というものだったのが引き金.

ところで「現実主義vs.国際協調主義」と聞くと,どうしてもブルームズベリーグループに想いがいくのだけれども,そろそろ出かけんと.