2008年3月18日火曜日

ハコもの行政と文化支援

バブル以前から日本の文化行政はハコもの行政と指摘されてきた.
時間と金をかけてじっくりと中身を育て得るよりは,土建業にも利益を分配し翻って選挙のときの集票マシーンを期待する政治家にとっても相互に利益となっていたからだ.

パスカル・ロジェのリサイタルのあった八幡のホールも地域文化振興策の色濃い施設で,その意味ではハコもの行政の典型といっていいだろう.

通常,ハコもの行政という言葉は否定的な意味合いを帯びる言葉として用いられている.
外側は金をかけて立派に出来上がっても,いれるべき中身が貧弱だ,という揶揄が込められている.
しかし,まれにだが出来上がったハコにすばらしい中身がもられることもある.
その一例が滋賀県のびわ湖ホールだ.

ここは開館当初から若杉弘を芸術監督に迎えオペラ上演に積極的だったのと,ピーター・ブルックの芝居がかかったりと,休眠状態と化していたフェスティヴァルホールに代わり質の高いオペラや芝居を関西圏の観客に提供してきた実績がある.

ところが,財政削減のしわ寄せが,このホールにも押し寄せてきているらしい.
びわ湖ホールをめぐるこんな記事を見つけた.

びわ湖ホールに波風

簡単に言えば,ホールは赤字で支出を削減すれば福祉予算をカットせずに済むという議論が県議会でなされているというもの.
相も変わらず低調な議論とそれを垂れ流しする報道にはうんざりする.

芸術関連の運営で赤字を出さずに済むほうが奇跡的な事態であって,あらゆる分野で収益性を求める議論をしても頭の悪さを露呈するだけではなかろうか.
まぁ,これは良識のある者なら大抵は感じている事実なのだが,問題はそれ以外にもありそうだ.

それは報道のあり方である.
福祉予算を維持するためにはホールの予算をカットするしかないような印象を読み手に抱かせる書き方にも多いに問題があるだろう.
報道の役割は政治家の設定したアジェンダを掘り崩すところにあるのに,これではただのお先担ぎ棒でしかない.

一見関係のないようで,文化は政治と切り離せない営みだ.
地域住民が文化を育成しているという感覚を抱かせるような運営を行政はすべきで,予算カットで解決できる問題は実は少ないのがほとんどの事例だということをメディアももっと強調してもらいたいところだ.

2 件のコメント:

ゴマ太(自宅警備員) さんのコメント...

あっ、どもゴマです!
ビルボードに行ってきましたでげす!やっぱり生演奏はやめられませんな!JAZZのビックバンド(?)って言うんですか、迫力が堪りませんでしたばい!お金が無くてジュースをちびちび飲んでただけでしたが。。。学生は半額でとても助かりました!学生割引万歳!地域振興策でどこも、小生の町に比べたら立派なホールを持っているので多いに利用させてもらう所存ですばい。出羽!

avanti さんのコメント...

自宅警備員とは???
久しぶりと思ったらいきなり昼に遭遇したなぁ.
仕事を始めてもコンサートや講演会や展覧会に足を運んでちょうだいな.

で,結局のところ無事就職先は確定したのかい.

出羽の海.