今日は研究会.
ネパールのグルカ兵の話と東南アジアの移住労働者の話を聞いて精神の洗濯をした気分.
やっぱ,職場じゃ事務的な話が多いし,ストレスもたまってくる.
昔は研究会に出るとつまらない話ばかりだと,かえってストレスがたまったものだが,あれは恵まれた状況でのことだったのだなぁ,とあらためて思い起こした.
2007年6月29日金曜日
グールドのザルツブルグ・リサイタル
そう,今日は以前に書き込んだチケットの件が無事解決した.
これで日曜は久々の福岡ドームとなる.
夜は学生一人とインドネシアからの留学生と計3名で焼鳥を食べた.
貧弱なインドネシア語は,もはや塵と化して,無に等しくなっていた.
こりゃ,もいっかいやり直さないと,ジャカルタ滞在中に覚えた○くそ程度の語学力が,○くそ程度になってしまう.
帰宅して,今年度初のスイカを食べる.
ジャカルタで毎朝朝食代わりにマンゴーやスイカやメロンを食べていたときのことが脳裏をよぎる.
フラッシュ・バックってやつ.
スイカを食べていたときに,これまた久々に聞いていたのが,グールドのザルツブルグ・フェスティヴァルでのリサイタル盤.
1959年8月25日なので,金字塔となるゴールドベルグ変奏曲の発売から3年後,コンサート撤退表明まで7年という時におこなわれたものだ.

このリサイタルでは,Sweelinck,Schonberg,Mozart,Bachの曲を弾いている.
音楽批評にも長け,音楽教育についても独自の思考を展開していたグールドだが,このリサイタルでも16世紀から20世紀に至る音楽史をピアノ曲を通して概観するような構成になっている.
シェーンベルクは,ポリーニがあのすばらしい演奏を録音するまでは,グールドの演奏が唯一「聞ける」演奏だった.
ザルツブルグの聴衆が,無調時代のシェーンベルクの曲に慣れていたとは思えないが,少なくともグールドの演奏は最後まで聞かせることに成功したように演奏からは思われる.
ゴールドベルグは,これもまたすばらしい演奏だ.
ライブ特有の指のすべり(これこそ彼の忌み嫌ったものであるが)をはじめとして,ここでしか聞くことのできない彼の演奏上のアクセント付けがたくさんあって,それだけでも聞いていてスリリングだ.
しかも,最後のアリアに戻る直前の絶頂感といったら,まさしくエクスタシーとしかいいようのない感覚を味あわせてくれる.
ライデンに留学していたときに知り合った音楽専攻のアメリカ人がいて,彼が部屋に遊びに来たときにこのCDを見つけ,二人でグールドの演奏について興奮しながら話したことも,もう10年前になる.
そのときから数えて,一体どれほど成長したのだろうか.
多くの経験や事実を知ることはあったが,思考の奥深くまで達するような経験をしてきただろうか.
これで日曜は久々の福岡ドームとなる.
夜は学生一人とインドネシアからの留学生と計3名で焼鳥を食べた.
貧弱なインドネシア語は,もはや塵と化して,無に等しくなっていた.
こりゃ,もいっかいやり直さないと,ジャカルタ滞在中に覚えた○くそ程度の語学力が,○くそ程度になってしまう.
帰宅して,今年度初のスイカを食べる.
ジャカルタで毎朝朝食代わりにマンゴーやスイカやメロンを食べていたときのことが脳裏をよぎる.
フラッシュ・バックってやつ.
スイカを食べていたときに,これまた久々に聞いていたのが,グールドのザルツブルグ・フェスティヴァルでのリサイタル盤.
1959年8月25日なので,金字塔となるゴールドベルグ変奏曲の発売から3年後,コンサート撤退表明まで7年という時におこなわれたものだ.

このリサイタルでは,Sweelinck,Schonberg,Mozart,Bachの曲を弾いている.
音楽批評にも長け,音楽教育についても独自の思考を展開していたグールドだが,このリサイタルでも16世紀から20世紀に至る音楽史をピアノ曲を通して概観するような構成になっている.
シェーンベルクは,ポリーニがあのすばらしい演奏を録音するまでは,グールドの演奏が唯一「聞ける」演奏だった.
ザルツブルグの聴衆が,無調時代のシェーンベルクの曲に慣れていたとは思えないが,少なくともグールドの演奏は最後まで聞かせることに成功したように演奏からは思われる.
ゴールドベルグは,これもまたすばらしい演奏だ.
ライブ特有の指のすべり(これこそ彼の忌み嫌ったものであるが)をはじめとして,ここでしか聞くことのできない彼の演奏上のアクセント付けがたくさんあって,それだけでも聞いていてスリリングだ.
しかも,最後のアリアに戻る直前の絶頂感といったら,まさしくエクスタシーとしかいいようのない感覚を味あわせてくれる.
ライデンに留学していたときに知り合った音楽専攻のアメリカ人がいて,彼が部屋に遊びに来たときにこのCDを見つけ,二人でグールドの演奏について興奮しながら話したことも,もう10年前になる.
そのときから数えて,一体どれほど成長したのだろうか.
多くの経験や事実を知ることはあったが,思考の奥深くまで達するような経験をしてきただろうか.
2007年6月28日木曜日
梅雨らしいのだが
これまであまり梅雨らしい雨は降っていない.
このまま梅雨明けになると,また断水騒ぎがおこりそうだ.
今日は湿度が上がって蒸し暑い.
これから10月頃まで調子が落ちるなぁ.
近頃は昔使っていた機械,というかおもちゃだけど,と再会して戯れることが多いのだが,おとといくらいから,また子供の頃に使っていた製品をひっぱりだしてきていじっている.
今回は,短波ラジオ.

でかいのが,小4のときに購入してもらったCRF200という機種.
手前の小さいのは,10年ほど前に購入し,マイナーチェンジは経たものの現在でも発売しているICF SW100.
どちらもソニー製で,現役バリバリである.
オランダに留学したときも,ジャカルタに住んだときもラジオは常に持ってた.
ちなみにラジオに関しては,1台しかソニータイマーは発動していない.
小学生の頃,短波放送を聞いて,放送局に受信報告書を送って証明書をもらうというのが一部の間ではやっていた.
いわゆる,BCLブームというやつ.
あの頃は,まだ海外の情報を入手する機会が新聞やテレビくらいしかなく,しかもその質量ともに貧弱だった.
そういった時代に,短波放送は直接海外の情報を得る手段として重要だったし,経済成長を遂げて先進国の仲間入りを果たした日本に対して,日本語放送を行っていた局も多かった.
手近なところでは韓国KBSや,中国の北京放送.
それに,北朝鮮の放送局もなかなか面白かった.
ベトナム放送なんて中越紛争の直後だったので,かなり辛らつに中国を批判していたことを今でも覚えている.
フィリピンからはカトリック系の放送局が売春ツアーの告発をしていたなぁ.
ヨーロッパの定番は,BBCとドイチェ・ヴェレ.
これら大国の放送局は,距離が遠くても世界の各地に中継局を設けていたので,受信状態は常に安定していた.
反対に,受信しにくいことや,珍しいという点ではバチカン放送というのもあった.
最難関は日本の裏側のアルゼンチン.
これは,5分強しか受信できなかったのだが,なんとか受信の証明をしてもらえた.
アメリカは,今も昔も日本語放送をする必要もないくらい,日本ではその情報があふれているらしく,VOAは日本語放送はしていなかった.
インターネットの普及によってこれらの日本語放送はどんどん放送をやめてしまった.
確かに,雑音に悩まされず,いつでも見聞きできるネット放送のほうが,情報の入手という観点からいえば望ましいことに違いあるまい.
インフラの整備されていない途上国くらいでしか,短波放送の持つ意義はもう残っていないのかもしれない.
とはいえ,今でもダイヤル回しながら飛び込んできた音声に耳をすませてどこの放送なのかを確かめるのは,それはそれで面白い.
それに,ラジオは想像力を喚起する点では,他のメディアの追随を許さないと思っている.
また,手間を楽しむという点では,コーヒーを入れたりフィルムカメラをいじるのと同じなのかもしれない.
それにしても,子供の頃世界の放送局を聞いていたおかげで,地理に関する知識や,国際情勢に関する興味がわいたことも確かだし,それが今の仕事の底流を形作っていると思えば,このラジオから受けた恩恵は計り知れないものがあるな.
このまま梅雨明けになると,また断水騒ぎがおこりそうだ.
今日は湿度が上がって蒸し暑い.
これから10月頃まで調子が落ちるなぁ.
近頃は昔使っていた機械,というかおもちゃだけど,と再会して戯れることが多いのだが,おとといくらいから,また子供の頃に使っていた製品をひっぱりだしてきていじっている.
今回は,短波ラジオ.

でかいのが,小4のときに購入してもらったCRF200という機種.
手前の小さいのは,10年ほど前に購入し,マイナーチェンジは経たものの現在でも発売しているICF SW100.
どちらもソニー製で,現役バリバリである.
オランダに留学したときも,ジャカルタに住んだときもラジオは常に持ってた.
ちなみにラジオに関しては,1台しかソニータイマーは発動していない.
小学生の頃,短波放送を聞いて,放送局に受信報告書を送って証明書をもらうというのが一部の間ではやっていた.
いわゆる,BCLブームというやつ.
あの頃は,まだ海外の情報を入手する機会が新聞やテレビくらいしかなく,しかもその質量ともに貧弱だった.
そういった時代に,短波放送は直接海外の情報を得る手段として重要だったし,経済成長を遂げて先進国の仲間入りを果たした日本に対して,日本語放送を行っていた局も多かった.
手近なところでは韓国KBSや,中国の北京放送.
それに,北朝鮮の放送局もなかなか面白かった.
ベトナム放送なんて中越紛争の直後だったので,かなり辛らつに中国を批判していたことを今でも覚えている.
フィリピンからはカトリック系の放送局が売春ツアーの告発をしていたなぁ.
ヨーロッパの定番は,BBCとドイチェ・ヴェレ.
これら大国の放送局は,距離が遠くても世界の各地に中継局を設けていたので,受信状態は常に安定していた.
反対に,受信しにくいことや,珍しいという点ではバチカン放送というのもあった.
最難関は日本の裏側のアルゼンチン.
これは,5分強しか受信できなかったのだが,なんとか受信の証明をしてもらえた.
アメリカは,今も昔も日本語放送をする必要もないくらい,日本ではその情報があふれているらしく,VOAは日本語放送はしていなかった.
インターネットの普及によってこれらの日本語放送はどんどん放送をやめてしまった.
確かに,雑音に悩まされず,いつでも見聞きできるネット放送のほうが,情報の入手という観点からいえば望ましいことに違いあるまい.
インフラの整備されていない途上国くらいでしか,短波放送の持つ意義はもう残っていないのかもしれない.
とはいえ,今でもダイヤル回しながら飛び込んできた音声に耳をすませてどこの放送なのかを確かめるのは,それはそれで面白い.
それに,ラジオは想像力を喚起する点では,他のメディアの追随を許さないと思っている.
また,手間を楽しむという点では,コーヒーを入れたりフィルムカメラをいじるのと同じなのかもしれない.
それにしても,子供の頃世界の放送局を聞いていたおかげで,地理に関する知識や,国際情勢に関する興味がわいたことも確かだし,それが今の仕事の底流を形作っていると思えば,このラジオから受けた恩恵は計り知れないものがあるな.
2007年6月27日水曜日
戻ってきたPEN F
先週オリンパスのPen Fがサービスステーションから戻ってきた.
残念ながらオーバーホールはもうしていないとのことで,シャッター不良の箇所と付属の38ミリレンズの掃除をしてもらった.

早速実写確認するためにフィルムを装填して撮影しているのだが,巻き上げの重いことったらありゃしない.
おそらく,長いこと使われなかったためだろう.
毎日いじってたらそのうち馴染んできて,もう少し軽快に巻上げができるようになることを期待しているのだが,他方では金属疲労によってスプリングなどが故障しないか不安でもある.
それにしても,40年も前によくもこんな斬新なモデルの一眼レフを作ったものだ.
あらためて設計者のアイデアと,商品化を決めた企業の姿勢に感心してしまう.
そのうちMOMAの収蔵作品として認められないものだろうか.
残念ながらオーバーホールはもうしていないとのことで,シャッター不良の箇所と付属の38ミリレンズの掃除をしてもらった.

早速実写確認するためにフィルムを装填して撮影しているのだが,巻き上げの重いことったらありゃしない.
おそらく,長いこと使われなかったためだろう.
毎日いじってたらそのうち馴染んできて,もう少し軽快に巻上げができるようになることを期待しているのだが,他方では金属疲労によってスプリングなどが故障しないか不安でもある.
それにしても,40年も前によくもこんな斬新なモデルの一眼レフを作ったものだ.
あらためて設計者のアイデアと,商品化を決めた企業の姿勢に感心してしまう.
そのうちMOMAの収蔵作品として認められないものだろうか.

2007年6月25日月曜日
バロメーター
それなりに年齢を重ねていくと,身体の調子を計るバロメーターを誰でもひとつふたつ理解するようになる.
自分の場合,それは居眠り.
たとえば電車に乗って居眠りするとか,テレビを見ていてうとうととかなると,それは睡眠不足と疲労が蓄積されていることを示す.
この場合,なにをやっても集中できないし,なによりやる気が出ない.
解決策はいたって簡単.
ひたすらごろごろしてのんびり休息をとることなのだが,どうもここ最近は休みの日もどたばたして休暇にならない.
あと3週間しのげば,なんとかまとまった時間が取れるようになるのだが,それまでに一波乱,二波乱ありそうな今日この頃である.
おしまい.
自分の場合,それは居眠り.
たとえば電車に乗って居眠りするとか,テレビを見ていてうとうととかなると,それは睡眠不足と疲労が蓄積されていることを示す.
この場合,なにをやっても集中できないし,なによりやる気が出ない.
解決策はいたって簡単.
ひたすらごろごろしてのんびり休息をとることなのだが,どうもここ最近は休みの日もどたばたして休暇にならない.
あと3週間しのげば,なんとかまとまった時間が取れるようになるのだが,それまでに一波乱,二波乱ありそうな今日この頃である.
おしまい.
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