2009年7月19日日曜日

発掘された朝鮮映画

九州大学大橋キャンパスで戦時期日本が朝鮮で製作したプロパガンダ映画の上映会とシンポジウムがあり,大橋キャンパスまで出かけてきた.
大橋自体二度目で,これまであまり縁のない土地ではある.

大橋キャンパスは,もともと九州芸術工科大学だったのが,九州大学と合併(併合)の結果,現在に至っている.

送信者 GR Digital


こじんまりとした,手頃感あるキャンパスだ.
噴水の水場では子どもが遊んでいた.

送信者 GR Digital


会場入口のキャンパスまでは,正門入って斜めに横切ると突き当たった.
少々遅れてしまい,上映前の講演がすでに始まっていた.

送信者 GR Digital


その後上映された作品は「兵隊さん」と題する1944年製作の映画だった.
映画は朝鮮各地,また各階級から入営した朝鮮人がどのような訓練を経て軍人となっていくかを描いた内容で,手取り足取り極めて懇切丁寧な上官に恵まれ,帝国軍人となることがいかに物心両面を満たすものかを描いている.

小磯が朝鮮総督の頃に朝鮮への徴兵制施行と参政権付与について道筋をつけたこともあり,映画は小磯総督からの手紙が各家庭の母親宛に送付される象徴的な場面からはじまる.

手紙を受け取る家庭は,ベートーヴェンのエロイカを聞くモダンな生活をしている平松と,農村で家の仕事を手伝う安元という二人の出自が対照的に描かれる.
この二人が,兵営で出会い,ともに訓練を重ねていくうちに友情を深め,立派な軍人へと成長する.
映画では,その過程で,互いの家族との絆や慰問の様子が挿入されている.

伝統的な農村を出自とする設定の安元は,この映画の重要な役割を担わされている.
病篤い父親を見舞うために上官が彼に一時帰郷を促すが,安元は当初その申し出を軍人の心構えに反するものとして拒絶する.
重ねての上官の説得にしたがい最終的に帰郷した彼に,父は見舞いにきたことを表向き叱責する.

安元は,見舞いが目的の帰郷ではなく,徴兵検査を控えた村の若者とその親に対して兵営での暮らしぶりがいかに物心両面で行き届いたものかを説明することが真の目的である,と急遽名目を変える.

プロパガンダ映画のなかで,役者がさらにその目的を説明する箇所は,映画の構造が入れ子になっていることを示しているとともに,間接的にではあるが,伝統的な農村での徴兵に対する潜在的な不信感,あるいは抵抗感の存在を示唆している,とも解釈できる.

さらに,安元は,同期の平松と順調に進級を重ねるが,最後の場面で野戦に投入される平松から分かれ,兵営に残ることとなる.
平松は,同期から取り残される焦りにかられる安元に対し,これから兵営に入ってくる人員を弟のように扱い,一人前の軍人に育てる使命が彼にあることを意識させ,出征していく.

映画はこれで終わるのだが,平松とその妹の友人である女性との交流や慰問団の様子なども描かれ,単調になりがちな物語に起伏を与えようとする意図が見える.

上映後のシンポジウムでは,時間の制約もあり十分な指摘がなされなかったようにも思う.
会場からの質問も,面白い,つまらない,といったレベルでの感想がほとんどで,せっかくの映画を読み解く姿勢が見られなかったのは,植民地支配をどのように受け止めるのか,映像の挙と実をどう理解するか,政治的文脈への配慮の欠如などなど,多くの問題点をかえって浮き彫りにしたように思う.

いずれにせよ,貴重な機会でもあり,暑い中出かけた甲斐は十分あった.

帰りは李で餃子を堪能し,久々に充実した一日だった.

0 件のコメント: