ラベル よしなしごと の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル よしなしごと の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2012年6月2日土曜日

6月突入

2012年になったと思いきや,気がつけば一年の半分.
梅雨の季節ということもあり,ここ数日は湿度がずいぶん高くなって蒸し暑い.

最近よく聴く音楽について.

オランダで聞いてから,帰国後もマタイとヨハネを聴き続けている.
バッハ協会のSACDは両方揃えて,クイケンのヨハネも購入.

マタイは本当に素晴らしい.
やっとこの曲を味わうための入り口にたどり着いた気がする.

ラジオはブルックナーとマーラーをまとめて放送していたので,そちらもiPodに落として聴くことが多い.

あとは,ずいぶん前に購入して,ほとんど聞いていなかったビートルズのモノBoxをPCに取り込んだ.
初期のアルバムはやはりモノ盤のほうがいいな.
でも,サージェント・ペッパーやホワイト・アルバムもモノで楽しめる.

週が明けたら5日はパーヴォ・ヤルヴィ指揮フランクフルト放送交響楽団.
マーラーの5番がかかるのだが,昨年イスラエル・フィルで聴いた印象が強く残っているので,比べるのが楽しみだ.

個人的には7番を聴きたかったのだが.

2012年4月8日日曜日

帰国1週間

オランダ滞在が夢のようだ.
帰国早々フル回転だったけど,まずは初めのひと山越えたかな.

今ごろはイースター休暇真っただ中で,充実したコンサートがたくさんあることだろう.
一年なんとか住みたいものよ.

2012年3月18日日曜日

お呼ばれ

土曜は友人宅で夕食.
2人の子供の成長を確かめるのも最近の楽しみ.

われわれのおしゃべりは昔話が増えてきてまるで年寄り予備軍だ.
帰国前にもう一度会えるかな.

2011年12月31日土曜日

大晦日

今年は想像を超える出来事で前半はドタバタして,後半は仕事でドタバタして,年末の休みにやっとなにもしないでのんびり過ごせている.

昼過ぎに近所の不老庵で年越しそばをいただき,珈琲も追加を購入.
あと少ししたら,刺身に蕎麦で〆の食事といくつもり.

今年最後の買い物のため久しぶりに足を運んだイオンでは,これまたフラっと立ち寄ったタワレコで最後のCD購入となってしまった.


クライバーのベートーヴェン交響曲第4番.
すでに手元にあるのだがSACD化ということで購入.
帰宅して早速聴いてみたが,拍手をこれまでと異なる編集にしている程度で,劇的に音質が向上したとは正直思えなかった.

おそらく,もともとのマスターがしっかりしているため,リマスターの際にあまり大きな変化は出せないのではないだろうか.
むしろアナログ盤と比べてみたい気がする1枚だった.

次はライヒの9.11.
BSで放送された演奏の模様はすでに視聴したのだが,やはりディスクとして手元に残しておきたい気分のする1枚だ.


年越しをこの1枚とともに過ごすことにしながら,来年は3.11に対しても誰か,例えば坂本龍一などが,同様の曲を書き上げてくれることでも期待しよう.

今年はバタバタしていたことに加えて,twitterに短い書き込みを移行させたため,ブログはほぼ放置状態だった.
ローマやストックホルム,ウィーンやライデンで撮った写真もそれほどアップできず,せっかく買い換えたK-5 Limited Silverにも悪い気がする.

明日の初詣はこれまで出かけたことのない宮地嶽神社を狙ってみるつもり.
早起きできたら,の仮定だけど.

2012年が実家の両親にとって,そして郡山や福島,仙台に住むすべての知り合いにとってよき年になるように.

2011年11月24日木曜日

勤労感謝の日

天気に恵まれない寒い一日だった.

以前購入していた「義太夫節の曲節」をデジタル化する作業で半日つぶれた.
各面30分の収録で,6枚組.

針を落とす前の盤面の清掃もだんだんぞんざいになって,終盤はプチノイズが頻発してしまった.
バランスウォッシャーでのクリーニングとは別に,レコードをかける前の湿式クリーナーがあるといいのかな.

昔はベルベットのクリーナーを固く絞った布巾で心持ち湿らせてホコリをとっていたけれど,針のことを考えると実はあまり良くないやり方.
編集の時にノイズを除去するのも結構面倒な作業になってしまうので,できればプレーヤーにかける前に大方きれいにしておきたいのだが...

勤労感謝の日ということだが,今月と来月は,どたばたと仕事がつまっている.
なんとか今日まで乗り切ったが,残りの分も効率的に済ませて,疲労とストレスをためずにちゃっちゃと処理するよう心がけたいものだ.

2011年1月1日土曜日

謹賀新年

年末は伊賀越道中双六から六段目の沼津を聴いて過ごしていた.
第9はほとんど聴かず,フリッチャイの音源を聴いた程度で,ここ10年では最も少なかった.

これも23日に博多座で一年ぶりの文楽を聴いてから,義太夫を無性に聴きたくなったためだ.
しばらく聴いていないと,突如,義太夫熱がぶり返してくる.

2010年は,ついに三世津太夫の沼津がSPから復刻されたため,先に復刻されていた古靭の音源や住大夫師匠の録音と比べて楽しんでいる.

ちょうど大晦日は南座の顔見世興行で出された仁左衛門の沼津も放送されたので,歌舞伎との比較もできて面白い.
沼津は,ほんとうによく出来た曲だ.

毎年同じことだが,今年こそ仕事が進むように,健康に気をつけてがんばろう.
写真ももっと撮りに行きたいものだ.

2010年12月30日木曜日

久々のFA77 Limited.

送信者 女子大猫

急に寒さが厳しくなってきたが,無事に冬を越せるのだろうか.
心配だ.

2010年12月29日水曜日

年末の面倒な作業

DVDレコーダーのDVD部分が故障した.

最初はDVD-RAMを認識しなくなり,次に書き込みエラーが頻発するようになり,最後にはDVDディスクを挿入してもまったく認識しなくなってしまった.
内蔵HDDに録画されている番組を救済せねばならない.

東芝のプレーヤー(RD-XS43)なので,東芝製のレコーダーを購入すれば,機器どうしをLAN接続してデータを移行できるらしい.
しかし,ブルーレイのレコーダーはすこぶる評判が悪いようで,購入を躊躇してしまった.

仕方がないのでパソコンにフリーのソフトをインストールして,データの移行をせっせと始めたのだが,結構時間がかかる.
30分の番組で転送にだいたい20分ちょっと要する.
レコーダーに録画した番組の総計が60数時間だから,すべてを移行するまで気が遠くなりそうだ.

2010年10月26日火曜日

アラーキーのカメラ

先ほど,NHKで今年の夏アラーキーを取材した番組を放映していた.

以前から彼がスタジオ撮影でペンタックスの67を使っていたのは知ってたが,街撮りに持っていたカメラが一台はLXで,もう一台はMZ-3だったようだ.

LXは望遠レンズをつけての撮影で,彼と望遠レンズの組み合わせが意外だった.

前立腺がんということだが,もうしばらく進行が遅れるよう祈るのみだ.

2010年10月14日木曜日

筥崎宮蚤の市

先月の護国神社に続いて,11日の休日におこなわれた筥崎宮の蚤の市をのぞいてきた.
天気もいいので自転車でのんびり20分.

参道の両側に露店が並んでいる.

送信者 SMC Takumar 3.5/35

前回開催された時は8月の暑い日で,やや熱中症気味になるほどだったが,さすがにこの日は過ごしやすく,蚤の市をぶらぶらするには最適の一日だった.

食器,時計,カメラ,玩具といったところにどうしても目がいってしまう.

送信者 SMC Takumar 3.5/35

ビクターの灰皿.
ビクター犬の置物も売っていて,ややそそられたが購入は見送った.

今回目にしたもので面白かったのが従軍記章.
古いもので日清戦争のものから売られていて,誰がどのように使っていたのか興味を持った.

さらに目を引いたのがこれ.

送信者 SMC Takumar 3.5/35

肉弾三勇士.
出店者にきいたところ,グリコのおまけとして売られたものとのこと.
お値段,1万5千円なり.

確かに,肉弾三勇士が玩具のおまけとして売られたことは,どこかで目にしたことがあり,説明を聞きながら「そういえば」という感覚にとらわれた.

ピントがやや後ろに合ってしまった.

他にもいろいろ売っている.

送信者 SMC Takumar 3.5/35

送信者 SMC Takumar 3.5/35

いったいどんな薬が入っていたのか.
台として使われている木箱は日本麦酒.

送信者 SMC Takumar 3.5/35

写植の時代も過去ということか.

送信者 SMC Takumar 3.5/35

犬も昼寝に誘われる陽気.
来月も足をのばしてみたいものだ.

持参したカメラはK10DにアダプターをかましてSuper Takumar 3.5/35.
開放値はそれほどだけど,その分,安心して開放でビシバシ撮れる.

2010年9月11日土曜日

出張言い訳の物欲充足

ということで14日からの出張を控え,新規にレンズを購入してしまった.

DA☆55mm F1.4
D FA Macro 100mm F2.8

今回は10日程度と滞在期間が短いこともあり,K10Dの一台体制で出かける予定.
デジカメだけというのはどうも不安で,本当はLXかバルナック・ライカでも持って行きたいのだが,あまり写真を撮る余裕もなさそうなので割り切ることとした.

他のお供は,DA21 Limited, DA40 Limitedを加えた計4本体制.
ホントは100mmのかわりにDA70 Limitedがあればいいのだが,手元にないのでいたしかたない.
FA77 Limitedだとフィルムカメラを持っていきたくなるので却下.

肝心の出張前のスケジュール調整が済んでないのだが,こっちのほうは順調順調.

2010年7月7日水曜日

茶山

仕事で城南区茶山を訪ねる.
初めての土地.

黒田の別荘,友泉亭があるらしいのだが,今回は寄り道の余裕なし.
所要を済ませてさっさと天神に戻った.

帰宅途中に立ち寄ったタワーレコードにて,アーノンクールがウィーン・フィルを指揮したブルックナーの交響曲9番を購入.
SACDハイブリッド盤が1290円の特価だったため,即購入.
ヴェルディのレクイエムも同じ値段で売ってたらよかったのだが,こちらは正規の値段だった.

帰りに箱崎に寄ってもう一仕事済ませて帰宅.
朝から長い一日で,地下鉄の中でも帰りのバスの車中でもウトウトとして,あやうく寝過ごすところだった.

2010年7月4日日曜日

ワールドカップに思うこと

ここまで見た感想は,攻撃的チームがなかなか勝ち残れない時代になったということ.

守備を固めたうえで,基本に忠実にサイドからのカウンターで相手を崩すドイツのサッカーにはぴったりの時代かもしれない.
もちろん,カウンターで相手を崩しても,得点できなければ意味が無いので,決定力も兼ね備えた戦力が揃ってないといけないわけだが.

それにしても,ドイツ人に恨みはないが,ドイツのサッカーは好きになれない.
スペインが撃沈してくれるといいのだが.

理想の決勝は,オランダ対スペインで,オランダの優勝.
スペインのサッカーも大好きなスタイルではあるのだが.

2010年5月23日日曜日

雨の日曜日

雨とは関係ないが.

送信者 日々是好日

2010年5月9日日曜日

久しぶりの現像

3月頃に撮りおえたフィルムをやっとこさ現像した.

送信者 ME Super

今日までの間に桜やつつじやいろいろな花が移り変わってしまった.

送信者 ME Super

コンビナートではない.
古賀市にある地元の味噌醤油工場.
今月下旬にまた訪問予定(工場ではなく市).

送信者 ME Super

新学期になってからまったく姿をみなくなってしまった.
ノラを世話していた清掃のおっちゃんも契約を切られたようで姿を見なくなってしまった.
おっちゃんが引きとっていったのなら安心だが,キャンパスの工事に伴い処分なんてことがあったとしたら悲しいことだ.

ME Superに28ミリと50ミリで撮影.

2010年5月5日水曜日

連休おしまい

ひたすらのんびりしておしまい.
エリック・リーヴィーの第三帝国の音楽を読み終えたのが唯一の知的活動でした.

明日はポゴレリチのリサイタル.
万全の体調で臨めるように,今夜は早く寝よう.

2010年4月12日月曜日

追悼

井上ひさしが亡くなった.
ただただ残念.

吉里吉里人ではじめて名前を知った時は,小学生だった.
その後,加藤さんとの雑談で「しみじみ日本乃木大将」について知り,戯曲を読んだのが最初だった.

こまつ座の舞台で見た作品は少ない.
国語元年,太鼓叩いて笛吹いて,夢の裂け目.

この機会に追悼公演として過去の作品を舞台にかけてもらいたい.
特に「しみじみ日本乃木大将」はぜひ舞台で見てみたい.

あの表情と言葉の使い方のせいか,政治的姿勢のラディカルさを感じさせないところがあった.
極めて優秀だったとあらためて思う.

2010年3月22日月曜日

生まれました

送信者 日々是好日

といっても,私の子どもではない.

ちょっと前に,オーストリア人の友人に双子ちゃんが生まれた.
一気に二人だから,大変だったろうなぁ.

それにしても,逆算すると日本滞在中にできた子どもではないか,と推測したので聞いてみたところ,我が家に泊まっている時に子づくりをしたという返事が来た.

春先は新しい命の芽生えを感じることが多いが,今年はこのニュースが一番だ.
めでたい.

将来,生きることに希望あふれる社会になっているように.

2010年3月8日月曜日

浅家地蔵尊について

その後いろいろネットで調べてみたところ,黒田に謀殺された中津藩主浅家に該当する人物は,どうやら城井(きい)氏のようだ.

城井氏は,豊前の在郷領主であるらしく,黒田との対立も,秀吉による黒田の豊前移封にともない生じたらしい.
戦国末期に武力統一が徐々に進んでいく過程において,在地の領主による中央派遣の落下傘領主に対する反抗という性格を有していたとのこと.

しかし,城井から浅家までは,距離がある.
どのようにして浅家として祀られるようになったのだろう.
この点は,疑問が解けないままだ.

2010年3月7日日曜日

浅家地蔵尊

先日偶然通りかかった地蔵堂.
「浅家地蔵尊」という碑が建っていた.

送信者 GR Digital

「福岡新四国第四十四番霊場」とは,どういうことだろう.
四十四番ということは,他にも霊場はあるはず.

境内の立板に地蔵堂の由来書きがあった.
祀られている地蔵は三体.

浅家地蔵菩薩:黒田藩に謀殺された中津浅野藩主とその家臣十一人の霊

浅野家地蔵菩薩:浅家殲滅と黒田騒動のお綱斬殺に働き,のちに讒訴,処刑された藩士浅野彦五郎の霊

百間地蔵菩薩:藩政に反抗して処刑された人々の霊

この地蔵堂の位置する一帯は,黒田藩当時刑場だったとのこと.
刑場を囲う矢来の長さが「百間」あったことから,「百間矢来」と呼ばれたらしい.

これらの中で,特定の人物として中津浅野藩主とその家臣については,ネットで探したかぎりではなにも情報が見つかっていない.
浅野彦五郎については黒田騒動に名前が見えるが,これも詳細は不明.

藩政に反抗して処刑された人々とは,朝倉一帯で起きた百姓一揆に連座して処刑された人たちという言及がある.

刑場当時,心ある人たちが墓標の代わりに石を置いていたらしい.
時代を経て,この地が刑場であったという記憶も薄れた頃,整地にともない出てきた石(丸い形)を漬物石代わりに使っていたところ,不幸が続いたので,置き石を一つに集めて供養したことが始まりとのこと.

後,昭和八年七月に,近所のとある人物に浅家先祖の霊のお告げがあり,地蔵菩薩を祀ったとの説明だった.

地蔵堂の中に安置されている地蔵は比較的新しいようだ.

送信者 GR Digital

一体ずつ撮影したのだが,煩瑣になるので全体写真をアップしておく.

さらに脇にも複数の地蔵尊や,置石と思われる石が積んであった.

送信者 GR Digital

ちょっとした街角の史跡のおかげで,想像力の旅に出かけることができて,面白かった.

送信者 GR Digital