中央政治で繰り返される政治と金の
問題.
鹿児島の阿久根市の市長による一連の問題.
福岡の添田町長の問題.
共通項があるとすればなんだろうか.
2010年1月7日木曜日
読書のリズム
年末からとりかかっていた「第三帝国と音楽家たち」を昨日やっと読了する.
ある期間,本を一冊読み切る行為を繰り返さないと,読みの感覚とでもいうべきものを忘れてしまうようで,今回もリズムを取り戻すのにずいぶんと時間がかかった.
さて,この本だが,アングロ・サクソン系の社会史に見られるように,網羅的ではあるが,ややエピソードの羅列に終始している印象を抱いた.
しかも,著者のケイターは,翻訳が正確であることを仮定してだが,随分と糾弾調の描き方をしている.
本人は多くの資料を基に,第三帝国下での音楽家たちの客観的な実像を描くことを繰り返し述べているのだが,実際に描かれているのはこれまでの通説的見解を否定しているだけのように思われた.
一例として,フルトヴェングラーの実像を厳しく描くのはいいのだが,とりたてて新しい事実を提示するというよりも,シュトラウスを持ち上げるためにのみ否定的に描かれているのは,学会賞を受けた著作にしてはお粗末だ.
結局,教育におけるナチスの影響を述べた第4章も系統的に分析がなされているわけでもなく,多くの事例の中に論旨が埋没してしまい,タイトルでもある「第三帝国と音楽家たち」の全体像を描ききったとは言えないのではないだろうか.
音楽的分析は皆無で,その点もやや不満ではある.
とはいえ,訳者によれば,この本は同様のテーマを扱った他の著作よりも包括的であるとのことであるから,他の著作を読んでみてあらためて評価してみようとも思うのだが,そんな余裕あるかな...
ある期間,本を一冊読み切る行為を繰り返さないと,読みの感覚とでもいうべきものを忘れてしまうようで,今回もリズムを取り戻すのにずいぶんと時間がかかった.
さて,この本だが,アングロ・サクソン系の社会史に見られるように,網羅的ではあるが,ややエピソードの羅列に終始している印象を抱いた.
しかも,著者のケイターは,翻訳が正確であることを仮定してだが,随分と糾弾調の描き方をしている.
本人は多くの資料を基に,第三帝国下での音楽家たちの客観的な実像を描くことを繰り返し述べているのだが,実際に描かれているのはこれまでの通説的見解を否定しているだけのように思われた.
一例として,フルトヴェングラーの実像を厳しく描くのはいいのだが,とりたてて新しい事実を提示するというよりも,シュトラウスを持ち上げるためにのみ否定的に描かれているのは,学会賞を受けた著作にしてはお粗末だ.
結局,教育におけるナチスの影響を述べた第4章も系統的に分析がなされているわけでもなく,多くの事例の中に論旨が埋没してしまい,タイトルでもある「第三帝国と音楽家たち」の全体像を描ききったとは言えないのではないだろうか.
音楽的分析は皆無で,その点もやや不満ではある.
とはいえ,訳者によれば,この本は同様のテーマを扱った他の著作よりも包括的であるとのことであるから,他の著作を読んでみてあらためて評価してみようとも思うのだが,そんな余裕あるかな...
2009年9月21日月曜日
パルタ・チャタジーの講演
19日,20日とアジア文化芸術賞のために福岡に来たパルタ・チャタジーの講演会に出かけてきた.
19日は福岡大学での研究者を中心とした講演で,20日は一般向けの講演会.
驚いたのは,チャタジーの話す英語が明晰で,とても分かりやすいものだったこと.
頭のいい人だと感じたのは,質問に対して的確に解答していくことだった.
19日は福大の歴史系の先生が来ていたため,サバルタンという概念と歴史学の民衆史との違いを問いただす質問があった.
また,抵抗する民衆と受け止められがちなサバルタンが,状況によっては非常に従属的で,エゴに満ちた集団となりうるのではないかと言う質問もあった.
これらの質問に対する回答を聞いて感じたのだが,サバルタン概念は理論的なレベルと実際の歴史叙述のレベルでわけたほうがよいのではないか.
理論的にはサバルタンは,階級によって規定されるのではなく,単なる民衆でもない,といったように,ネガティヴにしか規定されない.
実証的な研究においては,特定の地域の特定の時代の特定の集団を叙述するときに,サバルタンという概念を用いようが用いまいが関係ないのではないだろうか.
チャタジーは,サバルタンが抵抗と服従という二つの契機をはらんだ集団であり,権力関係のなかで規定される集団と答え,ジャワの現地エリートがオランダ人に対しては従属する地位にあり,現地住民に対しては支配の関係にあるサバルタンだとこちらの質問に答えていた.
他の質問があり,回答をさらに深めることができなかったのだが,サバルタン=民衆という図式で理解していた人にとって,この回答はそのイメージを崩し,さらなる議論を引き起こすものではないだろうか.
サバルタンを関係性により規定してしまうなら,社会のあらゆる集団にも適用できることになってしまう.
エリート集団もそれを詳細に検討すれば,従属と支配の契機は存在するわけだから,この点をチャタジーはどう説明するのか,メールでも送ろうかと考えている.
20日は,会場で3年振りに知り合いと遭遇.
夜の飲み会に便乗させてもらうことになった.
知的にも満足して,久々に会った人との会話も楽しんで,充実した一日となった.
19日は福岡大学での研究者を中心とした講演で,20日は一般向けの講演会.
驚いたのは,チャタジーの話す英語が明晰で,とても分かりやすいものだったこと.
頭のいい人だと感じたのは,質問に対して的確に解答していくことだった.
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19日は福大の歴史系の先生が来ていたため,サバルタンという概念と歴史学の民衆史との違いを問いただす質問があった.
また,抵抗する民衆と受け止められがちなサバルタンが,状況によっては非常に従属的で,エゴに満ちた集団となりうるのではないかと言う質問もあった.
これらの質問に対する回答を聞いて感じたのだが,サバルタン概念は理論的なレベルと実際の歴史叙述のレベルでわけたほうがよいのではないか.
理論的にはサバルタンは,階級によって規定されるのではなく,単なる民衆でもない,といったように,ネガティヴにしか規定されない.
実証的な研究においては,特定の地域の特定の時代の特定の集団を叙述するときに,サバルタンという概念を用いようが用いまいが関係ないのではないだろうか.
チャタジーは,サバルタンが抵抗と服従という二つの契機をはらんだ集団であり,権力関係のなかで規定される集団と答え,ジャワの現地エリートがオランダ人に対しては従属する地位にあり,現地住民に対しては支配の関係にあるサバルタンだとこちらの質問に答えていた.
他の質問があり,回答をさらに深めることができなかったのだが,サバルタン=民衆という図式で理解していた人にとって,この回答はそのイメージを崩し,さらなる議論を引き起こすものではないだろうか.
サバルタンを関係性により規定してしまうなら,社会のあらゆる集団にも適用できることになってしまう.
エリート集団もそれを詳細に検討すれば,従属と支配の契機は存在するわけだから,この点をチャタジーはどう説明するのか,メールでも送ろうかと考えている.
20日は,会場で3年振りに知り合いと遭遇.
夜の飲み会に便乗させてもらうことになった.
知的にも満足して,久々に会った人との会話も楽しんで,充実した一日となった.
2009年8月9日日曜日
どたばたの一週間
水曜日から始まった夏期集中のため,この一週間はへとへとになった.
テレビによる今年の戦争関連の特集はかなりひどい.
沖縄の地上戦と核関係の特集はそれなりにあるのだが,アジア諸国への加害の歴史(右翼なら自虐史観と呼ぶ)を正面から扱う番組が今のところ見当たらない.
従軍慰安婦,南京大虐殺といった,戦後50年を迎える際にそれなりに取り上げられたテーマは,この10年の右傾化にともなう小泉,安倍や河村,中山といった極めて保守的な政治家の台頭により,ほとんど取り上げられることがなくなってしまった.
戦後責任の議論をどのように社会問題として取り上げることができるか,これからの重要な問題だ.
オバマがプラハで核廃絶演説をしたことが今年の核関係番組の背景を成しているのだとすれば,アメリカでのリベラル政権の成立が日本国内の保守的動向を促す皮肉な結果になっていると言わざるを得ないだろう.
日本では核の被害だけを強調することでアジア諸国への加害の歴史を忘れることができ,同時に核開発を進める北朝鮮に対する強硬姿勢を正統化できる.
オバマさまさまってとこか.
テレビによる今年の戦争関連の特集はかなりひどい.
沖縄の地上戦と核関係の特集はそれなりにあるのだが,アジア諸国への加害の歴史(右翼なら自虐史観と呼ぶ)を正面から扱う番組が今のところ見当たらない.
従軍慰安婦,南京大虐殺といった,戦後50年を迎える際にそれなりに取り上げられたテーマは,この10年の右傾化にともなう小泉,安倍や河村,中山といった極めて保守的な政治家の台頭により,ほとんど取り上げられることがなくなってしまった.
戦後責任の議論をどのように社会問題として取り上げることができるか,これからの重要な問題だ.
オバマがプラハで核廃絶演説をしたことが今年の核関係番組の背景を成しているのだとすれば,アメリカでのリベラル政権の成立が日本国内の保守的動向を促す皮肉な結果になっていると言わざるを得ないだろう.
日本では核の被害だけを強調することでアジア諸国への加害の歴史を忘れることができ,同時に核開発を進める北朝鮮に対する強硬姿勢を正統化できる.
オバマさまさまってとこか.
2009年7月19日日曜日
発掘された朝鮮映画
九州大学大橋キャンパスで戦時期日本が朝鮮で製作したプロパガンダ映画の上映会とシンポジウムがあり,大橋キャンパスまで出かけてきた.
大橋自体二度目で,これまであまり縁のない土地ではある.
大橋キャンパスは,もともと九州芸術工科大学だったのが,九州大学と合併(併合)の結果,現在に至っている.
こじんまりとした,手頃感あるキャンパスだ.
噴水の水場では子どもが遊んでいた.
会場入口のキャンパスまでは,正門入って斜めに横切ると突き当たった.
少々遅れてしまい,上映前の講演がすでに始まっていた.
その後上映された作品は「兵隊さん」と題する1944年製作の映画だった.
映画は朝鮮各地,また各階級から入営した朝鮮人がどのような訓練を経て軍人となっていくかを描いた内容で,手取り足取り極めて懇切丁寧な上官に恵まれ,帝国軍人となることがいかに物心両面を満たすものかを描いている.
小磯が朝鮮総督の頃に朝鮮への徴兵制施行と参政権付与について道筋をつけたこともあり,映画は小磯総督からの手紙が各家庭の母親宛に送付される象徴的な場面からはじまる.
手紙を受け取る家庭は,ベートーヴェンのエロイカを聞くモダンな生活をしている平松と,農村で家の仕事を手伝う安元という二人の出自が対照的に描かれる.
この二人が,兵営で出会い,ともに訓練を重ねていくうちに友情を深め,立派な軍人へと成長する.
映画では,その過程で,互いの家族との絆や慰問の様子が挿入されている.
伝統的な農村を出自とする設定の安元は,この映画の重要な役割を担わされている.
病篤い父親を見舞うために上官が彼に一時帰郷を促すが,安元は当初その申し出を軍人の心構えに反するものとして拒絶する.
重ねての上官の説得にしたがい最終的に帰郷した彼に,父は見舞いにきたことを表向き叱責する.
安元は,見舞いが目的の帰郷ではなく,徴兵検査を控えた村の若者とその親に対して兵営での暮らしぶりがいかに物心両面で行き届いたものかを説明することが真の目的である,と急遽名目を変える.
プロパガンダ映画のなかで,役者がさらにその目的を説明する箇所は,映画の構造が入れ子になっていることを示しているとともに,間接的にではあるが,伝統的な農村での徴兵に対する潜在的な不信感,あるいは抵抗感の存在を示唆している,とも解釈できる.
さらに,安元は,同期の平松と順調に進級を重ねるが,最後の場面で野戦に投入される平松から分かれ,兵営に残ることとなる.
平松は,同期から取り残される焦りにかられる安元に対し,これから兵営に入ってくる人員を弟のように扱い,一人前の軍人に育てる使命が彼にあることを意識させ,出征していく.
映画はこれで終わるのだが,平松とその妹の友人である女性との交流や慰問団の様子なども描かれ,単調になりがちな物語に起伏を与えようとする意図が見える.
上映後のシンポジウムでは,時間の制約もあり十分な指摘がなされなかったようにも思う.
会場からの質問も,面白い,つまらない,といったレベルでの感想がほとんどで,せっかくの映画を読み解く姿勢が見られなかったのは,植民地支配をどのように受け止めるのか,映像の挙と実をどう理解するか,政治的文脈への配慮の欠如などなど,多くの問題点をかえって浮き彫りにしたように思う.
いずれにせよ,貴重な機会でもあり,暑い中出かけた甲斐は十分あった.
帰りは李で餃子を堪能し,久々に充実した一日だった.
大橋自体二度目で,これまであまり縁のない土地ではある.
大橋キャンパスは,もともと九州芸術工科大学だったのが,九州大学と合併(併合)の結果,現在に至っている.
| 送信者 GR Digital |
こじんまりとした,手頃感あるキャンパスだ.
噴水の水場では子どもが遊んでいた.
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会場入口のキャンパスまでは,正門入って斜めに横切ると突き当たった.
少々遅れてしまい,上映前の講演がすでに始まっていた.
| 送信者 GR Digital |
その後上映された作品は「兵隊さん」と題する1944年製作の映画だった.
映画は朝鮮各地,また各階級から入営した朝鮮人がどのような訓練を経て軍人となっていくかを描いた内容で,手取り足取り極めて懇切丁寧な上官に恵まれ,帝国軍人となることがいかに物心両面を満たすものかを描いている.
小磯が朝鮮総督の頃に朝鮮への徴兵制施行と参政権付与について道筋をつけたこともあり,映画は小磯総督からの手紙が各家庭の母親宛に送付される象徴的な場面からはじまる.
手紙を受け取る家庭は,ベートーヴェンのエロイカを聞くモダンな生活をしている平松と,農村で家の仕事を手伝う安元という二人の出自が対照的に描かれる.
この二人が,兵営で出会い,ともに訓練を重ねていくうちに友情を深め,立派な軍人へと成長する.
映画では,その過程で,互いの家族との絆や慰問の様子が挿入されている.
伝統的な農村を出自とする設定の安元は,この映画の重要な役割を担わされている.
病篤い父親を見舞うために上官が彼に一時帰郷を促すが,安元は当初その申し出を軍人の心構えに反するものとして拒絶する.
重ねての上官の説得にしたがい最終的に帰郷した彼に,父は見舞いにきたことを表向き叱責する.
安元は,見舞いが目的の帰郷ではなく,徴兵検査を控えた村の若者とその親に対して兵営での暮らしぶりがいかに物心両面で行き届いたものかを説明することが真の目的である,と急遽名目を変える.
プロパガンダ映画のなかで,役者がさらにその目的を説明する箇所は,映画の構造が入れ子になっていることを示しているとともに,間接的にではあるが,伝統的な農村での徴兵に対する潜在的な不信感,あるいは抵抗感の存在を示唆している,とも解釈できる.
さらに,安元は,同期の平松と順調に進級を重ねるが,最後の場面で野戦に投入される平松から分かれ,兵営に残ることとなる.
平松は,同期から取り残される焦りにかられる安元に対し,これから兵営に入ってくる人員を弟のように扱い,一人前の軍人に育てる使命が彼にあることを意識させ,出征していく.
映画はこれで終わるのだが,平松とその妹の友人である女性との交流や慰問団の様子なども描かれ,単調になりがちな物語に起伏を与えようとする意図が見える.
上映後のシンポジウムでは,時間の制約もあり十分な指摘がなされなかったようにも思う.
会場からの質問も,面白い,つまらない,といったレベルでの感想がほとんどで,せっかくの映画を読み解く姿勢が見られなかったのは,植民地支配をどのように受け止めるのか,映像の挙と実をどう理解するか,政治的文脈への配慮の欠如などなど,多くの問題点をかえって浮き彫りにしたように思う.
いずれにせよ,貴重な機会でもあり,暑い中出かけた甲斐は十分あった.
帰りは李で餃子を堪能し,久々に充実した一日だった.
2009年7月11日土曜日
池澤夏樹講演会
先日丸善に出かけた時,たまたま目にした告知.
「池澤夏樹 加藤周一を語る」という企画.
主催の福岡ユネスコ協会が毎年開催するセミナーに,加藤さんは合計で13回参加していたとのことだ.
こちらが福岡に来た2004年の夏にも,石橋湛山をとりあげたセミナーの司会として参加していた.
2008年も招聘の計画があったようだが,体調のこともあり来福はかなわなかった.
講演会の様子.
初めて行く会場ということもあり,15分ほど遅れてしまった.
iPhoneのカメラ,ホンマにあかんなぁ.
早くDark Roomのバージョン・アップが待たれるところだ.
講演では感情に流されない議論を組み上げることの重要性について話をしたり,フランスの状況をもとに日本の現状について問題点を指摘していく内容だった.
一般の聴衆向けには,あの程度の密度でよかったのだろう.
講演終了後,質疑応答の時間に移ったところ高齢の方からの質問や感想が寄せられていた.
池澤夏樹には,2001年かその翌年に沖縄で会ったことがある.
その時は,カリブのオランダ領の島から戻ったばかりで,沖縄と同様の条件にある島嶼の自立といったことを考えていて,話題もその点に集約された.
それ以来,久しぶりに話を聞いたのだが,まともに社会問題を整理して話をできる作家の少ない日本では貴重な存在なことは明らかだろう.
黒のPEN FTを持ち出したのだが,あいにくの雨模様であまり写真を撮ることはできなかった.
デジカメのPENは,一度予約したけれど,思い直してキャンセル.
もうしばらく様子見で,K-7も含めてどうするか考えよう.
| 送信者 日々是好日 |
「池澤夏樹 加藤周一を語る」という企画.
主催の福岡ユネスコ協会が毎年開催するセミナーに,加藤さんは合計で13回参加していたとのことだ.
こちらが福岡に来た2004年の夏にも,石橋湛山をとりあげたセミナーの司会として参加していた.
2008年も招聘の計画があったようだが,体調のこともあり来福はかなわなかった.
講演会の様子.
| 送信者 日々是好日 |
初めて行く会場ということもあり,15分ほど遅れてしまった.
iPhoneのカメラ,ホンマにあかんなぁ.
早くDark Roomのバージョン・アップが待たれるところだ.
講演では感情に流されない議論を組み上げることの重要性について話をしたり,フランスの状況をもとに日本の現状について問題点を指摘していく内容だった.
一般の聴衆向けには,あの程度の密度でよかったのだろう.
講演終了後,質疑応答の時間に移ったところ高齢の方からの質問や感想が寄せられていた.
池澤夏樹には,2001年かその翌年に沖縄で会ったことがある.
その時は,カリブのオランダ領の島から戻ったばかりで,沖縄と同様の条件にある島嶼の自立といったことを考えていて,話題もその点に集約された.
それ以来,久しぶりに話を聞いたのだが,まともに社会問題を整理して話をできる作家の少ない日本では貴重な存在なことは明らかだろう.
| 送信者 日々是好日 |
黒のPEN FTを持ち出したのだが,あいにくの雨模様であまり写真を撮ることはできなかった.
デジカメのPENは,一度予約したけれど,思い直してキャンセル.
もうしばらく様子見で,K-7も含めてどうするか考えよう.
2009年5月4日月曜日
憲法記念日に思う
朝日新聞は格別読むべき特集はなし.
NHKは派遣切りなどで憲法25条に焦点を当てた特番を組む.
また,軽薄なジャパンなんちゃらが2回目のテーマとして明治憲法の成立と崩壊過程を描いていた.
こちらは特段面白い点はなし.
生存権を前面に出す特集は,過去の判例も踏まえた生存権訴訟の紹介に加え,内橋克人と湯浅誠両氏による対談が生存権の歴史的背景と日本における現在と将来の姿について議論していて面白く聞いた.
逼迫した状況が生存権をめぐって存在していることは確かなのだが,もはや9条を正面から受け止めて議論するには既成事実があまりにも進みすぎているという判断なのだろうか.
不満.
朝日新聞では一応,長沼訴訟で自衛隊違憲判決を下した元裁判官へのインタビュー記事と,東京外大の先生へのインタビュー記事が9条関係では読むに値する記事だった.
とはいえ,生存権を下支えするためには平和主義が前提にあるはずで,9条と25条を接続して考える必要性が問われていると思うのだが,9条と25条であたかも別の話のように聞こえてしまいかねない特集の組み方には若干の危惧を抱いた.
NHKは派遣切りなどで憲法25条に焦点を当てた特番を組む.
また,軽薄なジャパンなんちゃらが2回目のテーマとして明治憲法の成立と崩壊過程を描いていた.
こちらは特段面白い点はなし.
生存権を前面に出す特集は,過去の判例も踏まえた生存権訴訟の紹介に加え,内橋克人と湯浅誠両氏による対談が生存権の歴史的背景と日本における現在と将来の姿について議論していて面白く聞いた.
逼迫した状況が生存権をめぐって存在していることは確かなのだが,もはや9条を正面から受け止めて議論するには既成事実があまりにも進みすぎているという判断なのだろうか.
不満.
朝日新聞では一応,長沼訴訟で自衛隊違憲判決を下した元裁判官へのインタビュー記事と,東京外大の先生へのインタビュー記事が9条関係では読むに値する記事だった.
とはいえ,生存権を下支えするためには平和主義が前提にあるはずで,9条と25条を接続して考える必要性が問われていると思うのだが,9条と25条であたかも別の話のように聞こえてしまいかねない特集の組み方には若干の危惧を抱いた.
2009年4月6日月曜日
植民地のこと
NHKで二つの番組が放送された.
ひとつが,新しい番組でJAPANデビューとかいうきわめて軽薄な番組名のもの.
台湾の植民地統治について前半で簡単に触れた後,日本の統治が台湾人に及ぼした影響についても生存者をたどり描いていた.
韓国と対照的に,台湾の植民地統治は肯定的に語られる場合があり,今でも一部保守政治家や学者の間で植民地支配の正当性を匂わしながら議論されることがある(例:某東京都知事).
番組は台湾で生まれ育ち,日本式教育の中で同化志向を強く内面化した台湾の人たちをとりあげており,台北一中の同窓会を中心にとりあげていた.
これらの人たちは,当時の台湾人の間では現地エリートとしてそのキャリアを築き上げるはずだった.
だが,彼らのひとりに日本統治時代をどう思うかという趣旨の質問をしたときの表情は,忘れられないものだった.
表情をゆがめて差別の存在に言及するこの人たちを見ると,彼らが生きた時代の苦難に想いをめぐらさずにはいられなかった.
日本語で語るあの人たちは,自分の考えを展開するためにいまだに日本語で考え,語るほうが十全に表現できるという.
国民党支配に比べれば日本統治下はよかった,といった趣旨の発言が時として日本の台湾統治を正当化するものとして引かれることもあるが,敗戦により植民地を放棄し,戦後補償をまともにおこなってこなかった国として,事後処理をせずに過去を美化する欺瞞をあらためて反省すべきときではないか.
一部,時間帯が重なったが,ETV特集で放送された朝鮮人シベリア強制連行の被害者も悲惨な生涯を送っている.
戦争に駆り出され,敗戦にともない強制労働に従事,やっとの思い出祖国に戻ろうとしたときには南北分断状況.
韓国に戻った人たちは北のスパイとみなされ,人生を否定され続けてきた.
東アジアに日本の打ちたてようとした秩序は,多くの人々の生涯を左右したことを日本の社会はもっと知るべきだろう.
日本の政治家や司法にとっての戦後補償は,こうした人たちが鬼籍に入っていくことをただ傍観するだけのものだとしたら,あまりにも志の低い考えだと感じざるを得ない.
ひとつが,新しい番組でJAPANデビューとかいうきわめて軽薄な番組名のもの.
台湾の植民地統治について前半で簡単に触れた後,日本の統治が台湾人に及ぼした影響についても生存者をたどり描いていた.
韓国と対照的に,台湾の植民地統治は肯定的に語られる場合があり,今でも一部保守政治家や学者の間で植民地支配の正当性を匂わしながら議論されることがある(例:某東京都知事).
番組は台湾で生まれ育ち,日本式教育の中で同化志向を強く内面化した台湾の人たちをとりあげており,台北一中の同窓会を中心にとりあげていた.
これらの人たちは,当時の台湾人の間では現地エリートとしてそのキャリアを築き上げるはずだった.
だが,彼らのひとりに日本統治時代をどう思うかという趣旨の質問をしたときの表情は,忘れられないものだった.
表情をゆがめて差別の存在に言及するこの人たちを見ると,彼らが生きた時代の苦難に想いをめぐらさずにはいられなかった.
日本語で語るあの人たちは,自分の考えを展開するためにいまだに日本語で考え,語るほうが十全に表現できるという.
国民党支配に比べれば日本統治下はよかった,といった趣旨の発言が時として日本の台湾統治を正当化するものとして引かれることもあるが,敗戦により植民地を放棄し,戦後補償をまともにおこなってこなかった国として,事後処理をせずに過去を美化する欺瞞をあらためて反省すべきときではないか.
一部,時間帯が重なったが,ETV特集で放送された朝鮮人シベリア強制連行の被害者も悲惨な生涯を送っている.
戦争に駆り出され,敗戦にともない強制労働に従事,やっとの思い出祖国に戻ろうとしたときには南北分断状況.
韓国に戻った人たちは北のスパイとみなされ,人生を否定され続けてきた.
東アジアに日本の打ちたてようとした秩序は,多くの人々の生涯を左右したことを日本の社会はもっと知るべきだろう.
日本の政治家や司法にとっての戦後補償は,こうした人たちが鬼籍に入っていくことをただ傍観するだけのものだとしたら,あまりにも志の低い考えだと感じざるを得ない.
2009年4月5日日曜日
2009年4月1日水曜日
存在の耐えられない軽さ
ニュースにて千葉県知事に当選した森田健作が麻生首相と会談している映像を見る.
両者ともに軽薄そうな表情がとてもよく似ていていた.
ソマリアに護衛艦派遣とか,北のミサイルを迎撃するとか,脅威をあおり立てて一気に軍事国家への道をあともどりしたい多くの政治家と,それを厳しく批判しないメディア.
職場もそうだが,外の社会もうんざりさせられることが多い.
アラスカに住んでいた星野道夫は生命について深遠な思想を展開したが,現実政治についてどのような考えを抱いていたのだろうか.
両者ともに軽薄そうな表情がとてもよく似ていていた.
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| 送信者 MX |
ソマリアに護衛艦派遣とか,北のミサイルを迎撃するとか,脅威をあおり立てて一気に軍事国家への道をあともどりしたい多くの政治家と,それを厳しく批判しないメディア.
職場もそうだが,外の社会もうんざりさせられることが多い.
アラスカに住んでいた星野道夫は生命について深遠な思想を展開したが,現実政治についてどのような考えを抱いていたのだろうか.
2009年2月22日日曜日
加藤周一さんお別れ会に思ったこと
21日に有楽町の朝日ホールで加藤周一さんのお別れ会が催された.
当日は約1時間前に会場に到着,一般席に座ることができた.
祭壇に飾られた遺影はワインレッドのジャケットに黒のタートルを着た姿で,よく目にした服装のものだった.
会話か講演の途中で撮影したものなのか,今にも話し出さんばかりの表情でかつての雑談での一瞬を切り取ったような生気あふれる顔が印象に残った.
弔辞は大江健三郎,水村美苗,吉田秀和の各氏.
当初予定されていた鶴見俊輔氏による弔辞は体調不良のために司会が代読した.
また,垣花秀武氏やロナルド・ドーア氏など交流の深かった友人からの弔電も紹介された.
大江氏は自らが加藤さんの著作との交流を通じて,これからの活動の糧にしていきたいという主旨の弔事であり,水村氏は,通常の弔辞に潜む記憶の再操作,すなわち通常の弔辞が故人を善き人に仕立てていく行為であることを聴衆に意識させつつ,にもかかわらず加藤さんがそのような記憶の再操作を必要とせずに弔辞を述べることのできるまれにみる善き人であったことに触れていた.
とりわけ印象に残った弔辞は吉田秀和氏によるものだった.
客席と加藤さんの想いを共有すべく,弔辞であるにもかかわらずあえて遺影に背を向けて,聴衆に語りかけてくれた.
加藤さんの凝集された表現やアイロニーを吉田秀和氏はとりあげ,多様な現実から要点を抽出し,それを切り詰めた表現に結晶化していく点を加藤さんの人生と結びつけていた.
しかしそれだけでなく,加藤さんが細部に対する感受性や深い理解を備えていたことを指摘することも忘れなかった.
弔辞を締める言葉として,「友人として愛していた.とても悲しいです.」と言われたのだが,それはおそらく多くの人の心に深く染みただろう.
教養の背景,同じ時代を共有し,互いに信頼してきた者でないと伝えることのできない,心の底からの愛情と悲しみの入り混じった言葉だった.
ひとつ気づいたことは,吉田秀和氏や鶴見俊輔氏,それに垣花秀武氏や日高六郎氏など,同時代を生き,同じ空気を肌で感じていた方たちの加藤さんに対する評価に共通していた点である.
それは,軍国主義に対して徹底的に反対であり,その姿勢がぶれなかったことを強調していたことだった.
彼らは,生涯に多様な領域で活動を展開した加藤さんについて語るとき,まず軍国主義に対してとった姿勢を中心に据える.
それは,加藤さんの多様な活動の根っこに揺らぐことのない政治との距離のとり方,接し方があることをあらためて思い起こさせるものだった.
鶴見氏はそのような姿勢を「心棒(しんぼう)」という言葉で表現していたが(アイザイア・バーリンならば「人格の重心」と表現するだろう),戦後に生まれた世代は加藤さんの戦中の姿勢を勇気あるものとは思いつつも,その真の意義/困難さをどれだけ肌身で理解してきたのだろうか.
弔辞に耳を傾け,加藤さんとの会話を思い出しながらそのようなことを考えていた.
加藤さんからなにを継承し,発展させていくことができるのか.
かつて同じ趣旨の質問を直接加藤さんにうかがったことがある.
その時,自らが新たに提起した課題が誰かによって引き継がれ,深められていくことに喜びを感じることがある,と答えていた.
会場にはかつて学生時代にともに講義をとっていた人の姿もちらほら見え,久しぶりの再会となった.
こうした人との出会いも加藤さんが結び付けてくれた未来の可能性なのかもしれない.
あらためて感謝の念がわきあがってきた.
平凡社のブログにもお別れ会の様子が載っている.
今日の平凡社: 加藤周一さん お別れの会
当日は約1時間前に会場に到着,一般席に座ることができた.
祭壇に飾られた遺影はワインレッドのジャケットに黒のタートルを着た姿で,よく目にした服装のものだった.
会話か講演の途中で撮影したものなのか,今にも話し出さんばかりの表情でかつての雑談での一瞬を切り取ったような生気あふれる顔が印象に残った.
弔辞は大江健三郎,水村美苗,吉田秀和の各氏.
当初予定されていた鶴見俊輔氏による弔辞は体調不良のために司会が代読した.
また,垣花秀武氏やロナルド・ドーア氏など交流の深かった友人からの弔電も紹介された.
大江氏は自らが加藤さんの著作との交流を通じて,これからの活動の糧にしていきたいという主旨の弔事であり,水村氏は,通常の弔辞に潜む記憶の再操作,すなわち通常の弔辞が故人を善き人に仕立てていく行為であることを聴衆に意識させつつ,にもかかわらず加藤さんがそのような記憶の再操作を必要とせずに弔辞を述べることのできるまれにみる善き人であったことに触れていた.
とりわけ印象に残った弔辞は吉田秀和氏によるものだった.
客席と加藤さんの想いを共有すべく,弔辞であるにもかかわらずあえて遺影に背を向けて,聴衆に語りかけてくれた.
加藤さんの凝集された表現やアイロニーを吉田秀和氏はとりあげ,多様な現実から要点を抽出し,それを切り詰めた表現に結晶化していく点を加藤さんの人生と結びつけていた.
しかしそれだけでなく,加藤さんが細部に対する感受性や深い理解を備えていたことを指摘することも忘れなかった.
弔辞を締める言葉として,「友人として愛していた.とても悲しいです.」と言われたのだが,それはおそらく多くの人の心に深く染みただろう.
教養の背景,同じ時代を共有し,互いに信頼してきた者でないと伝えることのできない,心の底からの愛情と悲しみの入り混じった言葉だった.
ひとつ気づいたことは,吉田秀和氏や鶴見俊輔氏,それに垣花秀武氏や日高六郎氏など,同時代を生き,同じ空気を肌で感じていた方たちの加藤さんに対する評価に共通していた点である.
それは,軍国主義に対して徹底的に反対であり,その姿勢がぶれなかったことを強調していたことだった.
彼らは,生涯に多様な領域で活動を展開した加藤さんについて語るとき,まず軍国主義に対してとった姿勢を中心に据える.
それは,加藤さんの多様な活動の根っこに揺らぐことのない政治との距離のとり方,接し方があることをあらためて思い起こさせるものだった.
鶴見氏はそのような姿勢を「心棒(しんぼう)」という言葉で表現していたが(アイザイア・バーリンならば「人格の重心」と表現するだろう),戦後に生まれた世代は加藤さんの戦中の姿勢を勇気あるものとは思いつつも,その真の意義/困難さをどれだけ肌身で理解してきたのだろうか.
弔辞に耳を傾け,加藤さんとの会話を思い出しながらそのようなことを考えていた.
加藤さんからなにを継承し,発展させていくことができるのか.
かつて同じ趣旨の質問を直接加藤さんにうかがったことがある.
その時,自らが新たに提起した課題が誰かによって引き継がれ,深められていくことに喜びを感じることがある,と答えていた.
会場にはかつて学生時代にともに講義をとっていた人の姿もちらほら見え,久しぶりの再会となった.
こうした人との出会いも加藤さんが結び付けてくれた未来の可能性なのかもしれない.
あらためて感謝の念がわきあがってきた.
平凡社のブログにもお別れ会の様子が載っている.
今日の平凡社: 加藤周一さん お別れの会
2009年2月12日木曜日
2009年2月9日月曜日
首相の発言,もしくは支離滅裂ということの実例
朝日新聞の記事をネットで見ていたら面白い紹介があったのでそっくり引いてみる.
以下,記事全文.
民営化答弁「何の修正です?何の修正です?」9日の首相
2009年2月9日20時1分
【世論調査】
——一部の報道機関の世論調査で、内閣支持率が10%台になり、低下傾向に歯止めがかからない。総理はこの結果をどう受け止めるか。また、歯止めがかからない原因をどう考えるか。
「あの、世論調査というものの結果につきましては、そら真摯(しんし)に受け止める。いつも、世論調査が出るたんびにお答えしている通りです。そのへんの内容については、ま、政策といっても、まだ政策が実行に移されていません。高速道路千円とか、いろいろな話を、定額給付金含めて、いずれも民主党の反対でいま実行に移されていませんから、実行に移されていない段階なんで、『政策が』といっても、なかなか理解されないところだと思いますが、これをきちんと景気対策、国民の最大の関心事は、私は景気対策だと、私確信してますんで、その一点に絞って、今後とも進めていきたいと思っています」
【郵政民営化発言】
——郵政民営化をめぐる総理の予算委員会での答弁について。総理は先週は「民営化に反対だった」と答弁して、きょうは「民営化に賛成した」と答弁した。総理はなぜ、答弁を修正したのか。
「修正ではありません。このいたる経緯はいろいろありました。最初からその通り、正直に申し上げております。経緯はいろいろありました。しかし、最終的にこれは決定をされ、閣議で決定をされて、閣議に賛成をしたと。それだけ、それだけであって、従って、郵政民営化というものを後退させる気はありません。郵政民営化の中でどうしていくかと、いう前提で話されないといかがなものかと思います」
——修正ではないということだが……。
「修正。何の修正です? 何の修正です?」
——答弁。先週と今週の答弁の違いについて。
「何回も言います。重ねて言うようで恐縮ですが、私は議論の過程ではいろいろありました。しかし、最終的に決まった、いうことに関して、私は民営化に賛成をしました。全然変わってません。民営、民営化しました。従って、それを一歩も後退させる気持ちはありません。それは私の答えとして、経緯は反対でも賛成でも変更でもないと思いますが」
——そもそもの話だが、最初反対だったということだが、反対だったのは民営化そのものだけが反対だったのか、民営化さらには4分社化にも反対だったのか。その経緯を。
「経緯はいろいろありますんで、その中は実にいろいろな騒ぎが、話がありました。2分社化もありましたし、3分社化も4分社化も、ものすごくいろいろ意見がありましたんで、その内容を全部説明するというのを、ぶら下がりでやるというようなつもりはありません」
——そうした答弁について、野党からではなくて、与党内からも批判が出ているが、そうした声にどう応えるか。
「いまお答えしたとおりです」
【教育再生懇談会】
——きょう、教育再生懇談会で、総理は新たなテーマを示したが、今後、教育において、麻生内閣のカラーを出していくうえで、どのような議論を期待しているか。
「きょう、あそこで教育再生懇の皆さんの前でも、あの、はっきり申し上げましたが、国際的に通用する人材の育成。そして、安心できる教育、いわゆる公立学校含めて。そういったところを、きちんとするということと、スポーツというものを、もう少し重要視する。こういったものを考えていくようにという話をしました」
以下,記事全文.
民営化答弁「何の修正です?何の修正です?」9日の首相
2009年2月9日20時1分
【世論調査】
——一部の報道機関の世論調査で、内閣支持率が10%台になり、低下傾向に歯止めがかからない。総理はこの結果をどう受け止めるか。また、歯止めがかからない原因をどう考えるか。
「あの、世論調査というものの結果につきましては、そら真摯(しんし)に受け止める。いつも、世論調査が出るたんびにお答えしている通りです。そのへんの内容については、ま、政策といっても、まだ政策が実行に移されていません。高速道路千円とか、いろいろな話を、定額給付金含めて、いずれも民主党の反対でいま実行に移されていませんから、実行に移されていない段階なんで、『政策が』といっても、なかなか理解されないところだと思いますが、これをきちんと景気対策、国民の最大の関心事は、私は景気対策だと、私確信してますんで、その一点に絞って、今後とも進めていきたいと思っています」
【郵政民営化発言】
——郵政民営化をめぐる総理の予算委員会での答弁について。総理は先週は「民営化に反対だった」と答弁して、きょうは「民営化に賛成した」と答弁した。総理はなぜ、答弁を修正したのか。
「修正ではありません。このいたる経緯はいろいろありました。最初からその通り、正直に申し上げております。経緯はいろいろありました。しかし、最終的にこれは決定をされ、閣議で決定をされて、閣議に賛成をしたと。それだけ、それだけであって、従って、郵政民営化というものを後退させる気はありません。郵政民営化の中でどうしていくかと、いう前提で話されないといかがなものかと思います」
——修正ではないということだが……。
「修正。何の修正です? 何の修正です?」
——答弁。先週と今週の答弁の違いについて。
「何回も言います。重ねて言うようで恐縮ですが、私は議論の過程ではいろいろありました。しかし、最終的に決まった、いうことに関して、私は民営化に賛成をしました。全然変わってません。民営、民営化しました。従って、それを一歩も後退させる気持ちはありません。それは私の答えとして、経緯は反対でも賛成でも変更でもないと思いますが」
——そもそもの話だが、最初反対だったということだが、反対だったのは民営化そのものだけが反対だったのか、民営化さらには4分社化にも反対だったのか。その経緯を。
「経緯はいろいろありますんで、その中は実にいろいろな騒ぎが、話がありました。2分社化もありましたし、3分社化も4分社化も、ものすごくいろいろ意見がありましたんで、その内容を全部説明するというのを、ぶら下がりでやるというようなつもりはありません」
——そうした答弁について、野党からではなくて、与党内からも批判が出ているが、そうした声にどう応えるか。
「いまお答えしたとおりです」
【教育再生懇談会】
——きょう、教育再生懇談会で、総理は新たなテーマを示したが、今後、教育において、麻生内閣のカラーを出していくうえで、どのような議論を期待しているか。
「きょう、あそこで教育再生懇の皆さんの前でも、あの、はっきり申し上げましたが、国際的に通用する人材の育成。そして、安心できる教育、いわゆる公立学校含めて。そういったところを、きちんとするということと、スポーツというものを、もう少し重要視する。こういったものを考えていくようにという話をしました」
2009年1月24日土曜日
発言の耐えられない軽さ
たまたま朝テレビをつけてみたところ,どこかで見た顔がしたり顔でコメンテーターとして座っていた.
かつて神戸で少しだけ関わりのあった人物なのだが,イラク戦争開戦時にはその正当性を盛んにわめき散らしていた.
本国のアメリカでさえその正当性を疑い,大統領選にその誤りを正す意思表示をしたのに対して,極東の島国では相変わらずなんらの清算も政治的におこなっていない.
今,イラクに自衛隊派遣した小泉をはじめとして現内閣にイラク戦争の正当性を問いただしたらどのような答弁がかえってくるのだろうか.
テレビで見た某氏のごとく,口先の器用さで詭弁を弄して国際政治の専門家ぶられるのは率直に不愉快な思いを抱いてしまう.
きっと今頃はソマリア沖での海賊掃討のための海上自衛隊派遣で相変わらずのコメントを展開しているのかもしれない.
マイケル・ムーアはブッシュ前大統領に対して恥を知れと述べたことがあったが,同様の言葉が該当する人物の増えてきたこと.
日本は恥の文化だったはずなのだが.
かつて神戸で少しだけ関わりのあった人物なのだが,イラク戦争開戦時にはその正当性を盛んにわめき散らしていた.
本国のアメリカでさえその正当性を疑い,大統領選にその誤りを正す意思表示をしたのに対して,極東の島国では相変わらずなんらの清算も政治的におこなっていない.
今,イラクに自衛隊派遣した小泉をはじめとして現内閣にイラク戦争の正当性を問いただしたらどのような答弁がかえってくるのだろうか.
テレビで見た某氏のごとく,口先の器用さで詭弁を弄して国際政治の専門家ぶられるのは率直に不愉快な思いを抱いてしまう.
きっと今頃はソマリア沖での海賊掃討のための海上自衛隊派遣で相変わらずのコメントを展開しているのかもしれない.
マイケル・ムーアはブッシュ前大統領に対して恥を知れと述べたことがあったが,同様の言葉が該当する人物の増えてきたこと.
日本は恥の文化だったはずなのだが.
2009年1月8日木曜日
ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート
今年のニューイヤーコンサートはバレンボイムが指揮をした.
多分初めての指揮台だったはず.
正直,バレンボイムのワルツはあまり感心しなかったのだが,恒例のオーケストラから客席に向かっての新年の挨拶に際して中東の平和を祈るとの言葉には彼の面目躍如たるところがあった.
ガザで起きていることはひとつの民族の虐殺に等しいだろう.
国際社会の正義がこれほど偽善的で空虚に響くことを新年早々知らしめたことが唯一のイスラエルの功績かもしれない.
中道右派と労働党の連立でこれほどひどい軍事侵攻=虐殺を展開しているのだから,来るべき総選挙で右翼のリクード中心の政権になれば救いようがなくなるだろう.
メディアの伝え方も問題だ.
イスラエルの侵攻も問題だがハマスのテロも同じ程度問題だ,うんぬん.
ここには当事者双方を等しく問題視すればあたかも報道の均衡がとれているかのように思う勘違いが蔓延しているといわざるを得ない.
ハマスとイスラエルを比べてみて力関係の圧倒的な不均衡をなぜ問題にしないのか.
不均衡は武力のみならず国際社会への圧力,影響力における差でもある.
ハマスのテロは問題だが,それ以上に許しがたい問題があることを繰り返し国際社会に理解させる必要があるだろう.
学問としての国際関係なんて,むなしいと思う瞬間に立ち会っているのだが.身近な職場環境を見るとさらに絶望的にむなしくなるのも正直なところだ.
多分初めての指揮台だったはず.
正直,バレンボイムのワルツはあまり感心しなかったのだが,恒例のオーケストラから客席に向かっての新年の挨拶に際して中東の平和を祈るとの言葉には彼の面目躍如たるところがあった.
ガザで起きていることはひとつの民族の虐殺に等しいだろう.
国際社会の正義がこれほど偽善的で空虚に響くことを新年早々知らしめたことが唯一のイスラエルの功績かもしれない.
中道右派と労働党の連立でこれほどひどい軍事侵攻=虐殺を展開しているのだから,来るべき総選挙で右翼のリクード中心の政権になれば救いようがなくなるだろう.
メディアの伝え方も問題だ.
イスラエルの侵攻も問題だがハマスのテロも同じ程度問題だ,うんぬん.
ここには当事者双方を等しく問題視すればあたかも報道の均衡がとれているかのように思う勘違いが蔓延しているといわざるを得ない.
ハマスとイスラエルを比べてみて力関係の圧倒的な不均衡をなぜ問題にしないのか.
不均衡は武力のみならず国際社会への圧力,影響力における差でもある.
ハマスのテロは問題だが,それ以上に許しがたい問題があることを繰り返し国際社会に理解させる必要があるだろう.
学問としての国際関係なんて,むなしいと思う瞬間に立ち会っているのだが.身近な職場環境を見るとさらに絶望的にむなしくなるのも正直なところだ.
2008年12月21日日曜日
2008年12月20日土曜日
海外派兵
自衛隊のイラク派兵撤収が完了したとの報道があった.
イラク派兵には解決していない問題が残っている.
その一,憲法との関係.
名古屋高裁での違憲判決を無視し駐留を続けたことは現在の日本において政治家が憲法をどの程度理解しているかの証左.
試験問題なら落第確定だろう.
その二,派兵の目的.
アメリカのイラク戦争に追随した派兵だったのだが,そもそもの目的であった大量破壊兵器の存在がねつ造による情報に基づいていたことが現在のブッシュ政権の史上最低の支持率とオバマ政権誕生の原動力だった.
翻って小泉元首相は憲法との関係も戦闘地域と非戦闘地域との区別,さらに大量破壊兵器の有無等すべてを棚上げして自衛隊の出兵を進めた.
アメリカで問題となっているにもかかわらずそもそもの出兵目的があらためて議会でもメディアでも取り上げられることがほとんどないのはおめでたい社会だ.
景気と雇用の問題ばかりとりあげられているが,一見関係ないようで実は底流でつながっている問題.
イラク派兵には解決していない問題が残っている.
その一,憲法との関係.
名古屋高裁での違憲判決を無視し駐留を続けたことは現在の日本において政治家が憲法をどの程度理解しているかの証左.
試験問題なら落第確定だろう.
その二,派兵の目的.
アメリカのイラク戦争に追随した派兵だったのだが,そもそもの目的であった大量破壊兵器の存在がねつ造による情報に基づいていたことが現在のブッシュ政権の史上最低の支持率とオバマ政権誕生の原動力だった.
翻って小泉元首相は憲法との関係も戦闘地域と非戦闘地域との区別,さらに大量破壊兵器の有無等すべてを棚上げして自衛隊の出兵を進めた.
アメリカで問題となっているにもかかわらずそもそもの出兵目的があらためて議会でもメディアでも取り上げられることがほとんどないのはおめでたい社会だ.
景気と雇用の問題ばかりとりあげられているが,一見関係ないようで実は底流でつながっている問題.
2008年12月15日月曜日
ETV特集
NHKのETV特集で加藤さんの番組が放映された.
明日の講義の準備もあって断片的にしか見ていないのだが,入院直前の7月に収録されたとのこと.
日本社会への遺言のつもりだったのかもしれない.
論文の抜き刷りが6月にあがっていたのに雑事にかまけて発送したのが10月の初旬.
おそらく見ていただくには遅すぎたろう.
すぐに発送しなければと思ってはいたのだが,唯一の心残りだ.
番組については後日じっくりと見てみようと思う.
あと一度だけ直接お会いして話したかった.
明日の講義の準備もあって断片的にしか見ていないのだが,入院直前の7月に収録されたとのこと.
日本社会への遺言のつもりだったのかもしれない.
論文の抜き刷りが6月にあがっていたのに雑事にかまけて発送したのが10月の初旬.
おそらく見ていただくには遅すぎたろう.
すぐに発送しなければと思ってはいたのだが,唯一の心残りだ.
番組については後日じっくりと見てみようと思う.
あと一度だけ直接お会いして話したかった.
![]() |
| 送信者 bessaflex tm topcor 54 posi |
2008年12月14日日曜日
2008年12月13日土曜日
再び講演
明日はカルチャーセンターでボロブドゥールについて話す予定.
今しがたパワーポイントを作り終えNews23を見たところ,大江健三郎が出演して加藤周一さんについてインタヴューを受けていた.
10分弱の時間のため,9条の会についてと大江健三郎にとっての加藤さんの意味を聞く程度だった.
今年は筑紫哲也の訃報に続き加藤さんも鬼籍に入られて残念極まりない一年になった.
残された者がひとりひとり何を彼らから受け継いでいくのか,できる範囲で考えていく年末になるだろう.
週末はETV特集で加藤さんの最後の番組が予定されているはず.
見逃さないようにしなくては.
今しがたパワーポイントを作り終えNews23を見たところ,大江健三郎が出演して加藤周一さんについてインタヴューを受けていた.
10分弱の時間のため,9条の会についてと大江健三郎にとっての加藤さんの意味を聞く程度だった.
今年は筑紫哲也の訃報に続き加藤さんも鬼籍に入られて残念極まりない一年になった.
残された者がひとりひとり何を彼らから受け継いでいくのか,できる範囲で考えていく年末になるだろう.
週末はETV特集で加藤さんの最後の番組が予定されているはず.
見逃さないようにしなくては.
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